佐藤愛子 九十歳。何がめでたい

佐藤愛子さんの『九十歳。何がめでたい』を読みました。

内容

『九十歳。何がめでたい』というタイトルには、佐藤愛子さん曰く「ヤケクソが籠っています」。

2016年5月まで1年に渡って『女性セブン』に連載された大人気エッセイに加筆修正を加えたものです。  

大正12年生まれ、今年93歳になる佐藤さんは2014年、

長い作家生活の集大成として『晩鐘』を書き上げました。

その時のインタビューでこう語っています。

「書くべきことは書きつくして、もう空っぽになりました。作家としての私は、これで幕が下りたんです」

(「女性セブン」2015年2月5日号より)  

その一度は下ろした幕を再び上げて始まった連載『九十歳。何がめでたい』は、

「暴れ猪」佐藤節が全開。自分の身体に次々に起こる「故障」を嘆き、

時代の「進歩」を怒り、悩める年若い人たちを叱りながらも、あたたかく鼓舞しています。  

自ら災難に突進する性癖ゆえの艱難辛苦を乗り越え92年間生きて来た

佐藤さんだからからこそ書ける緩急織り交ぜた文章は、

人生をたくましく生きるための箴言も詰まっていて、大笑いした後に深い余韻が残ります。

ぜひ日本最高峰の名エッセイをご堪能ください。(2016年8月発表作品)

 

タイトルのインパクトと佐藤愛子さんと安藤優子さんの対談をテレビで観て

とても面白そうだったので手に取りました。

庶民的な痴話話から政治の話まで何でもずばっと言い切っていて

読んでいてとても爽快で面白かったです。

これだけばっさりと書けるというのはやはり佐藤さんが

激動の人生を乗り越えてきたからこそ出来たことだと思います。

佐藤さんの若い頃は今のような平和な世の中ではなく、

明日を一日をどう生き抜くかという命がけの時代。

そんな時代を経験した方の言葉はとても重みを感じられます。

 

世代が違っても人としての大切なモノが力強く語られていて、

現代の世の中に欠けているものが炙り出されているようで

端々で共感をしてしまいました。

 

まだ高齢にはなっていませんが、

高齢になったらどのような生き方になるのか、

それまでの生き方などをヒントや参考にしようかと思っていたのですが、

特にそのような事は語られていませんでしたが、

とにかくその場は全力投球で言いたい事を

きっぱりと言っていたのが印象的でした。

それが元気の秘訣かもと思ったりしました。

 

けれど長生きするということは、全く面倒くさいことだ。

耳だけじゃない、眼も悪い。

始終、涙が滲み出て目尻目頭のジクジクが止まらない。

などとそれなりに大変な事も多々あり少し元気がなかった時期が

あったようですが、人間は「のんびりしよう」なんて考えては

ダメとか九十歳を過ぎてから分かったというのがあり

こうやって人は何度も力強くなれるのかと思えパワーをもらった気がしました。

 

「文明の進歩」は我々の暮らしを豊かにしたかもしれないが、

それと引き換えにかつて我々の中にあった謙虚さや

感謝や我慢などの精神力を磨滅させて行く。

もっと便利に、もっと早く、もっと長く、もっときれいに、

もっとおいしものを、もっともっともっと・・・・・・。

もう「進歩」はこのへんでいい。さらに文明を進歩させる必要はない。

進歩が必要だとしたら、それは人間の精神力である。私はそう思う。

この部分には大いに共感して忘れてはならない事だと思い

好きな文章です。

この気持を忘れずに次世代にも受け継でいくべきモノだと思いました。

 

この本は歳を重ねた方に配慮したのか通常の本よりも字が大きくて、

読みやすかったので優しい心配りに感謝します。

歳を重ねてから読んだら違った視点にもなると思うので、

またあとで読み返しても面白いと思いました。

 

 

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2016.11.28 Monday | 読書15:30comments(0) | - | by yumi

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2019.12.11 Wednesday | - | 15:30 | - | - | by スポンサードリンク
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